第13回 台風被害の史料(1)大正6年9月30日の「十五夜の嵐」
更新日:2021年12月17日
今年も台風のシーズンがやってきました。千葉県は、昨令和元年9月から10月にかけて、台風15号・19号・21号の襲来によって大きな被害を受けたことは記憶に新しいところです。県の南部などでは、いまだに屋根の破損が修理されず、ブルーシートに覆われた建物が少なくありません。
さて、千葉県が大きな被害を受け、市内にその関係史料が残されている歴史上の台風を紹介してみます。今回は、今から103年前の大正6年(1917年)に、東京・神奈川・千葉を中心に、近畿地方以東に甚大な被害をもたらした台風を取り上げてみましょう。この台風は9月30日に静岡県浜松市付近に上陸し、翌10月1日にかけて関東地方を南西から北東にかけて縦断しました。大変勢力の強い台風で、東京では952ヘクトパスカルの気圧と最大風速43メートルを記録しました。コースと強さは、昨年東日本に甚大な被害をもたらした台風19号(「令和元年東日本台風」)とよく似ています。被害も
千葉県各地に歴史資料や伝承が残され、市川市
「明尋常小学校沿革誌」に記載された大正6年9月30日の台風被害
そして、近隣の校舎が倒壊した小学校として、
さて、以降12月中旬にかけて、関係する記事がみえます。
月日 | 出来事 |
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10月2日 | 校長が、被害のひどかった船橋校と行徳校へ見舞いのために赴く。 |
10月4日 | ブリキ職の人を雇い入れ、校舎の仮修繕を行う。 |
10月8日 | 学区内の区長(粟野、軽井沢、佐津間、初富)を召集して、風害による校舎破損について協議し、本格的に修繕することが決められる。 |
10月15日 | 浦安・行徳・船橋の各小学校救済として、児童および職員が集めた |
12月3日 | ガラス破損部分を修繕する(修繕費24円30銭)。 |
12月4日 | 村長と4区長が集まり、風害修繕費の決算を行う。 |
なお、明尋常小学校は現在の北部小学校の前身ですが、この時点では現在地の粟野ではなく、初富に所在していました。実は、鎌ケ谷村(当時)の被害については、大正12年に刊行された『千葉県東葛飾郡誌』に記載されています。それによると、当時の東葛飾郡へ、住家は全壊14戸、半壊13戸で、人的被害と学校の全半壊はないと報告されていました。しかし、「明尋常小学校沿革誌」の記載では、村中が倒壊家屋のみで百数十戸に及び明尋常小学校も倒壊はまぬがれましたが大きな被害を受けていると記されています。
この台風は、千葉県ではいわゆる「風台風」の要素もあったようで、その意味では昨年の台風15号(「令和元年房総半島台風」)を彷彿とさせるものです。今後の自然災害に備えるためには、こうした過去の史料の再点検による被害の掘り起こしが重要といえます。
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