このページの先頭ですサイトメニューここから
このページの本文へ移動
  • 交通アクセスが抜群の街
  • 子育て・教育環境が充実した街
  • みんなが暮らしやすい街
  • 見どころがいっぱいの街
サイトメニューここまで

本文ここから

ありのみ便り 令和5年9月15日号

更新日:2023年9月22日

墓地候補地

 もうすぐ秋の彼岸(9月23日の秋分の日と前後3日間)です。お墓参りをする人も多いでしょう。
 彼岸に先祖供養を行うのは日本独自の風習です。仏教で西方にあるとされる「極楽浄土」や悟りの世界「彼岸」は、太陽が真東から昇り真西に沈む春分と秋分にこの世と最も通じやすくなると考えられました。そこで、この時期に先祖を供養するようになったのです。
 鎌ケ谷市内には、あちこちに墓地があります。小規模な個人墓地からお寺の墓地、大規模な霊園や共同墓地などが見られます。彼岸にはどの墓地も生花が供えられ線香の煙と香りが漂うでしょう。
 お隣の松戸市には八柱霊園があります。昭和10年(1935年)に開園した東京市(東京都)の面積約105ヘクタールの広大な墓地です。当時、東京は急速な都市化と人口増加で墓地が不足しており、郊外に墓地を造る計画が持ち上がり八柱霊園ができました。
 実はこの時、鎌ケ谷市内の土地も墓地候補だったのです。鎌ケ谷に墓地を誘致しようとの運動は、佐津間の旧家、澁谷家の当主らが中心となって行われました。熱心な誘致運動の様子は、鎌ケ谷市に寄贈された澁谷家の保存文書から読み取れます。
 昭和初期の日本は、世界大恐慌による不況下にありました。澁谷家当主らは、墓地を誘致することで道路が整備され、墓地の掃除や枯れ木の整理などで賃金も得られ地域発展と農村不況の打開策になると考えました。知り合いの大学教授や役人から情報を収集し元千葉県知事に協力を要請する一方、佐津間区長、粟野区長らと協議し市北部の「粟野山」と呼ばれていた周辺を候補地に想定しました。現在の粟野地区公園(粟野の森)、海上自衛隊下総航空基地の南側あたりです。
 しかし、墓地誘致を地域発展の起爆剤にしようと考えていたのは鎌ケ谷だけではありませんでした。千葉県内で13か所前後が候補地として名乗りを上げ、熾烈な誘致合戦が繰り広げられました。最終的に、東京市は八柱村の「田中山」を設置場所に決定し、鎌ケ谷村の「粟野山」への誘致は実現しませんでした。澁谷家の保存資料の中には、最初から八柱村に決まっていたが、批判を避けるため他の候補地の調査も行った茶番だとする当時の新聞記事もみられますが、真相はどうだったのでしょうか。
 「歴史にif(もし)はない」と言いますが、もし鎌ケ谷市内に八柱霊園のような大規模墓地ができていれば、街の顔も今とは違っていたかもしれませんね。
 
 
 


 

問い合わせ

総務企画部 企画財政課 企画政策室

〒273-0195 千葉県鎌ケ谷市新鎌ケ谷二丁目6番1号 市庁舎3階

電話:047-445-1073

ファクス:047-445-1400

お問い合わせメールフォーム

本文ここまで


ページの先頭へ
以下フッターです。

鎌ケ谷市 KAMAGAYA CITY

鎌ケ谷市 総務企画部 企画財政課 企画政策室
〒273-0195 千葉県鎌ケ谷市新鎌ケ谷二丁目6番1号
直通電話:047-445-1073 ファクス:047-445-1400
© 2018 Kamagaya City.
フッターここまでページの先頭へ