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第11回 明治時代の鎌ケ谷を撮影した写真(2) 中沢八幡・春日神社のクロマツの巨木

更新日:2023年4月28日

 前回に引き続いて、今から120年以上前に中沢地区で撮影されたとみられる写真をご紹介します。
 現在も中沢地区の鎮守(ちんじゅ)として地元の皆さんの尊崇(そんすう)を集めているのが八幡(はちまん)春日(かすが)神社です。同社の鎮守の森は、市内では最もよく残された寺社林であり、東葛(とうかつ)地域に広げてみても有数と評価されています。スギやムクノキの巨木、当地では珍しいヤブツバキが群生していて、市指定文化財(天然記念物)となっています。
 この森を遠景から撮影した古写真が、三橋家旧蔵文書の中の1点として残されていました。それを下に掲載します。この写真自体には年代は記載されていませんが、一緒に保存されていた他の写真の年代から明治32年(1899年)ころのものと比定(ひてい)しました。
【注釈】比定 他のものと見比べて年代などを推定すること


写真1 八幡・春日神社のクロマツ【明治32年(1899年)ころ】

 この写真は、八幡・春日神社の社地をほぼ真南から撮影したものとみられます。手前には一面畑が広がっていますが、現在この場所は宅地と梨畑となっています。神社の森は全体的にこんもりとしていて、いかにも「鎮守の森」という感じがします。ムクノキもしくはケヤキとみられる広葉樹(こうようじゅ)落葉(らくよう)していますので、撮影された時期が冬であることがわかります。一方、それらよりはだいぶ樹高(じゅこう)が低い常緑(じょうりょく)広葉樹が認められますが、ヤブツバキとみられます。鳥居(とりい)のすぐ前にそびえたち、地上数メートル付近から二またとなっている巨木がクロマツです。おそらく、明治時代の時点でも、かなりの遠方から見ることができる、中沢地区の人たちにとってのシンボルとなる木だったと思われます。
 さて、このクロマツは、この後、大正・昭和と生き続けましたが、昭和40年代前後から樹勢が弱まりました。そして、残念ながら、昭和46年(1971年)に 枯死(こし)していました。写真2は、枯死前年に西方向から撮影されたカラー写真です。

 なお、その後、クロマツは伐採されましたが、これを惜しんだ八幡・春日神社の 氏子(うじこ)の人たちは、幹の一部を輪切りとして、神社の 拝殿(はいでん)で保存していくこととしました。また、切り株はそのまま現在も、残されています。
 ところでこの輪切りは、現在、郷土資料館へご寄贈いただき、常設展示されており、来館された方を驚かせています。専門家の計測によると、この輪切りの幹周りは411センチメートル、したがって直径に換算すると131センチメートルとなります。また、年輪(ねんりん)は約300を数えることができました。逆算すると、このクロマツが芽生えたのは西暦1671年前後となります。()年号では、江戸時代の寛文(かんぶん)延宝(えんぽう)年間(1661年から1681年まで)となります。当時の中沢村はまだ田中藩(たなかはん)本多(ほんだ)氏領ではなく、旗本(はたもと)原田氏が支配する村でした。クロマツは中沢地区の幾年月(いくとしつき)にわたる歴史と人々の生活を見まもり続けてきたのでした。

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