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第5回 昭和の景観(1)消防署の望楼より撮影したカラー写真

更新日:2022年3月11日

 今回からは、昭和46年(1971)に撮影された市域の景観写真を紹介いたします。すでに失われたもの、現在に続くものなど様々な半世紀前の鎌ケ谷市域にプレイバックしてみましょう。
 その、第1回目として、現在の右京塚10番に所在する鎌ケ谷市中央消防署の望楼(ぼうろう)から撮影したカラー写真2点を取り上げました。なお、この庁舎の当時の所在地は初富(あざ)右京塚(うきょうづか)で、前年の昭和45年2月に落成したものです。同庁舎の完成にともない、同年4月1日、鎌ケ谷町(翌46年9月より市)消防本部および消防署が発足しました。町(市)のほぼ中央部から、四方を見守る機能を有した建物から、鎌ケ谷市が誕生した9月1日に見えたものです。
 写真1は、北東方向の初富字稲荷前(いなりまえ)(現在の南初富4・6丁目)付近を撮影したものです。手前に新京成線の線路がわずかに写っています。その脇に、こんもりとした森が見えますが、この場所には、昭和61年(1986)、船取線(ふなとりせん)沿いの道野辺字囃子水(はやしみず)より移転した市商工会館が建設されました。写真で見る限り、このころはまだ、この地域には多数の樹木が所在し、空き地なども多かったことが確認できます。写真中央部よりわずかに右に、飛行機の姿が小さく写りこんでいます。これは、海上自衛隊下総航空基地の訓練機です。また、反対の左側には、うっすらと筑波山(つくばさん)が見えます。


写真1 市消防署望楼より北東方向(昭和46年〈1971〉9月1日)


写真2 市消防署望楼より南東方向(昭和46年〈1971〉9月1日)

 次に、写真2は1から約90度右手となる南東方向の鎌ケ谷字丸山(現丸山1丁目)や初富字新田(しんでん)(現東初富4・6丁目)付近を撮影したものです。クリーム色とえんじ色2色の新京成の電車が写っています。この車輌は、当時新京成線の主力であった100形です。この角度でも、かなりの面積の森が残されているのがわかります。また、東方向の奥側(写真右上方の茶色い場所)に広大な空き地が見えますが、ここは、間もなく造成が始まり、現在の東武鎌ケ谷住宅地となる場所です。
 この場所には非常におもしろい歴史があります。第2次世界大戦前の昭和11年(1936)、この地に競走馬飼育用の牧場であるユートピア牧場が開設されました。戦後になると乳牛を飼育する鎌ケ谷牧場となりましたが、さらに、昭和35年には(1960)には、調理冷凍食品で知られる日本冷蔵株式会社(現ニチレイ)が鎌ケ谷試験場を開設し、大規模な養鶏が行われました。敷地面積は、約5万平方メートルに及びました。しかし、同42年には試験場は閉鎖されてしまい、この時点では空閑地となっていました。
 現在、この2枚の写真の場所は、ほとんどが住宅地となっており、現在お住まいの方もおられると思いますが、約50年前はかなり異なり、いわゆるスプロール的な開発が行われていたことがわかります。なお、この写真が撮影された9月1日時点での鎌ケ谷市全体の人口は44,760人ということですので、現在の半分以下ということになります。

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