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かまがや取材日記 郷土資料館の縄文出土品 令和元年7月2日

更新日:2019年7月11日

根郷貝塚や中沢貝塚など95縄文遺跡

 以前から気になっていた本『アースダイバー』(中沢新一著)を市立図書館で借りて読んでみました。人類学者の著者は、現在より海面が数メートル高かった縄文時代の地図を手に東京を散策します。すると、縄文時代から古墳時代にかけての埋葬地や聖地に江戸時代以降も重要な施設が建てられているなどの発見があり、見慣れた風景が一変していくように感じられるという内容です。

 読後、鎌ケ谷の縄文時代(約1万3000年前から約2400年前までの1万年間ほど)も知りたくなりました。早速、市郷土資料館へ出かけました。

 入ってすぐ、インパクト十分な展示品が出迎えてくれます。ほぼ完全な形で出土した約4500年前の人骨です。推定身長143センチの20~30歳代とみられる女性の埋葬人骨で、発見された時の状態のまま展示されています。発掘されたのは、ファイターズ鎌ケ谷スタジアム近くの根郷貝塚です。縄文時代中期の根郷貝塚からは32軒の住居跡が確認され、皿や甕(かめ)などの土器のほか、この女性を含め8体の埋葬人骨が発見されています。中には、イルカの骨製の腰飾りやイノシシの牙で作った腕輪をした男性の骨も出土しており、これらの人は集落のリーダー的存在だったと考えられます。

 根郷貝塚の出土品の隣には、貝柄山公園西側の中沢貝塚から見つかった石器や土器、骨角器などが展示されています。中沢貝塚は根郷貝塚よりやや後の縄文時代後期、晩期の遺跡で、直径が約130メートルに及ぶ県内有数の馬蹄形貝塚です。出土品は日常生活品のほか、耳飾りや垂飾など装飾品もあります。縄文人はおしゃれだったのです。特に興味深かったのが土偶や石棒など儀式やまじないに使われたとされる出土品です。豊穣や病気回復などを祈ったと思われます。縄文人の願いも現代人のものと根底部分では変わりないでしょう。このほか、人の顔が描かれたユニークな土器の破片も見つかっています。

 鎌ケ谷市内には遺跡が130か所見つかっており、このうち縄文遺跡は95か所。多くは、貝柄山公園から第四中学校、ファイターズ鎌ケ谷スタジアムにかけての根郷川(谷地川)沿いの台地にあります。そのあたりが当時の人々には住みやすい環境だったとみられます。

 郷土資料館で出土品を見た後に周辺を散策してみました。遺跡は調査後に埋め戻され、今は梨畑、宅地、林などの下で眠りについています。縄文遺跡の存在を知らなければ、一見変哲のない風景に見えます。でも、出土品を見た後ではちょっと違ってきます。「根郷貝塚の女性は何が好きだったのだろうか…」「中沢貝塚の土器には、なぜ顔が描かれたのだろうか…」などと思いながら歩くと、想像力が周りの景色を新鮮なものに変えてくれます。

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電話:047-445-1073

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